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宮城県備忘録 その2

女川湾の朝

朝早く目が覚め、もれなくセットになっている朝食を工事関係者の方々と食べ、電車の時間まで散歩へ。

秋刀魚で有名な女川ですが、3年間不漁が続いているそうです。でもこれは地元の人にとっては、イワシやサバと同じような30年周期でやってくる不漁なので、来年は大丈夫なんじゃないか?!と言っていました。

今年はそのかわり、イワシがたーーーくさん獲れているそうです。
魚屋さんのぞいても、イワシの姿はなかったけどなぁ?????
あと銀鮭の養殖も盛んな小さな漁業の町、女川。

駅から海へ、レンガみち

照明がたくさんついている立派な漁船

朝から復興作業中

初めて目にした。
女川と石巻の間にある女川原発

迷ったふりして、漁から戻ってきた船のところへ。

今日もイワシが大漁です。

女川にある遺構、旧女川交番。

やはり写真よりもはるかに現実感がありますが、震災の当日からその後の日々がどうであったかは、
実際に経験した人ではないと、あたりまえですが、分からない、、、。

ただ10年近くたっていても全くの復興途中だという状況だけは、今回どこへ行っても感じました。

海とともに生きてきた女川の復興計画は、海と陸との間に遮るものを作るのではなく、町全体をかさ上げして高台に居住区を置くというものです。

一方、南三陸のように、高い堤防を築くところもあります。私は殆どの場所が高い堤防を築いていると思っていましたが、様々な復興計画が被災した場所にあわせて、進められているのですね。

私が書くより正確なので、旧女川交番遺構のところにあった文章をそのまま載せます。

この日は仙台泊。その前に石巻へ。
あまりにも電車の本数が少ないので、一人でなければ圧倒的にレンタカーの方が便利です。
本当は気仙沼も行きたかったのですが、無理。

石巻の駅。
早速、石ノ森章太郎漫画ロードの出発点な感じとなっています。
観光協会の方に限られた時間でできることを聞いて、歩いてまわることに。

駅舎

アルベルトさん?!

石巻日日新聞も被災して、手書きの新聞発行。
大切な情報源だったと思います。
この新聞社がメインの伝承センターが開いていました。

この記者は、命からがら津波から逃れて無事

そこから海沿いを歩いて、一番被害が大きかった場所の復興風景が良く見えますという日和山公園へ。

復興工事中

白い宇宙船みたいなのが、石ノ森萬画館。
時間切れで行けませんでした

ずーっと、色々な場所から復興工事を見つめるおじさん。 
かつて自分の家があったのか? 工事関係者か?

頂上にある鹿島御児神社


たくさん歩いてお腹がすいたので、街に降りて、やっぱりお魚かなぁとか思っていたら、頂上にあるお店に吸い込まれて、気がついたら座ってビール飲んでました。

何故かお面が売っている。
石ノ森さんじゃないし

娘さんが嵐のファンで、おかあさんも大野君のファンになったのですって

ビール頼んだら、おつまみにどうぞって。
3品も!
おばあちゃんが優しい

目玉焼きが嬉しい、
石巻焼きそば(名物だそう)
大正解!
ペロリ

二人とも足の関節が痛くてひきずって歩いているけれど、それ以外はとても元気だそうです

珍しく放し飼いの犬?迷子犬?

電車に乗って仙台へ。
すでに大都会な仙台の町に、ビビります。

こんな時でなかったら飲み歩くのですが、行きたかった居酒屋さんが結構閉鎖的、かつ、密な状態だったので、お酒とつまみを買って部屋のみしました。 
ちあきなおみの熱唱を聴きながら。

次回また!

良い仙台の夜となりました


翌日は、名取市で偶然今年から働いている美和子さんが、午前中時間を作ってくれて車でまわってくれるという幸せ。
その3で。

2020/10/05(月)

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