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宮城備忘録 その3

台風と秋雨前線で、昨日も今日もとても寒い!
部屋の中もフリースにマフラー。ヒートテック上下を下に着て、それでも暑くないのです。
明日は晴れないかなぁ、、、。

いざ、来月帰るために必要な準備を始めたら、日々肩がパンパン、目がチカチカ。
あまりに面倒臭くなって、めげそうになる日々。

でもやっと昨日11月12日のバンコク行きの飛行機を予約して、一気に現実感が増してきました。
帰る直前にPCR検査をやらなくてはならないから、これからさらに気をつけて生活しないと・・・。

バンコクでの隔離生活は3食付きでお酒なし。
それが終わったらシンハービールでまず一杯!  順調にゆけば、その日は11月27日。
まだ先だな・・・・。

ということで、ノートブックにさわるのも嫌になるくらい、アレコレ調べていたから、備忘録を書く元気なし。
今日、一歩も外にでないから、久々書いています。

さて、
宮城4日目は、帰る日だったので、夕方の新幹線まで仙台から近い名取市へ。
初日に会ったバーンロムサイの元ボランティアスタッフ、美和子さんが、たまたまこの名取市で今年から働き始めたということで、午前中時間を作り、車でまわってくれました。
彼女も近くにいながら、なかなか足を運んでいない場所が多くあるそうです。
でも震災当日宮城県にいた彼女も含め、実際被災した方々の話を聞き、その場所を見るというのは、頭で感じていることと、当たり前ですが、かなり違います。

「ゆりあげちく」という名前は、良く大震災で大きな被害に遭った地域で出て来る地名。
名取市にある「閖上地区」。
こういう字を書くのだというのを、今回知った無知なわたし。

5000人以上が住んでいたこの街は、津波で約900人の犠牲者を出し、木造の建物は殆ど流されました。

最初に向かったのは、遺構「鈴木邸」。
仙台空港を右手に見ながら、海の方向へ進んでゆくと、ポツリと建っていました。
車ではないととても行けない場所。

車の奥にある一軒家が鈴木邸

美和子さんも初めてのところ

震災前の鈴木邸

そして被災。車が中にある!

柱など相当丈夫な良い木を使っていたのですね

謎の食器棚。これは無事残った食器を洗っていれたのでしょうか??????

海岸線はこれからさらに復興が進み、サイクリングロードなどできるようです。
松林も殆どが流されて、あらたにオイスカなどの団体が入って植林が始まっていました。

こんな静かな海が

仙台空港にまさに襲いかかる津波

その後、閖上地区にある、名取川沿いに新たに作られた「かわまちてらす閖上」へ。
老舗飲食店や地元の名産、特産品を売るおしゃれなスペースとなっています。
魚介類や野菜も新鮮! 

特にここは「シラス」で有名なところなので、早速お昼ご飯へ。
生と釜揚げが入ったシラス丼と、ハラコ丼。ご飯茶碗くらいの大きさなので、ちょうど良い。

美味しかったなぁ、、、、、

ちょうど川辺では、サンドウィッチマンの地元テレビ番組がSUPに関する撮影に来ていて、終了後、その時に出演したゴールデン2匹と20分くらい戯れる幸せな時間がありました。

結局お留守番で出演しなかった手前の子が、なんともきっちゃんに似ているのです。
ちょっとぼーっとしていると、トレーナーの方がおっしゃっていました。そこもソックリ!

出演した子。
キリリ!

出演しなかった手前の子。
ちょっとポヤンとしている

美和子さんと別れて、バスの時間まで「震災復興伝承館」をじっくり見ました。
当時の様子のビデオもあり、かなり生々しく、「ストレスを感じる方はご覧にならないでください」と書いてあるくらい。

写真もたくさんあり、なかなか充実の伝承館。

まさか、ここに津波が・・・と思っていたから、被害が大きくなった場所の一つ。

水の圧はすごい!
少しだけやっと開いたけれど、
とても外には出られません

これで私の3泊4日宮城県の旅は終わりました。
迷ったけれど、行ってよかったです。

次回は、また違うところへ行ってみたい。
人吉や朝倉にも。

東北もまた別の地域へ。
あ、でも女川の居酒屋はまた行こうかな、、、。

まずはチェンマイに戻り、そして来年、その先、以前のように日本とタイを自由に行き来できるような状況になって欲しいです。

2020/10/10(土)

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