ダーイ ダーイ ダーイ ได้ได้ได้

Home

祝島 その1

2011年3月11日の東日本大震災から昨日で7年目。恥ずかしながらあの時に日本にこんなに原子力発電所がたくさんあることを私は初めて知りました。
そしてそれに頼りきった生活をしてきたことも。それがとても恐ろしいものであることも。
友人の山秋真さんはその原発問題に1992年から携わり、そして現在も上関原発に反対する祝島に深く関わっているジャーナリストです。

祝島はパンフレットから抜粋すると「波高い周防灘の東端に位置している周囲12キロの孤島で、古来行き交う船の航行安全を守る神霊の鎮まり給う島として崇められて来た、万葉集にも登場する」という豊かな自然に恵まれた、そして36年前から上関原発建設反対運動を続けている小さな島。

毎年この時期に採れる祝島のヒジキの大ファンになり、一度行きたい!と思っていたところに、ちょうど山秋さんが滞在していると聞き3月4日から3泊4日で行って来ました。福岡からだと結構近いのです。

柳井港から船で1時間ちょっと。ひょっとして初瀬戸内海?!

柳井港から祝島へ

祝島の港。唯一のカフェがすぐ目にとまる

民宿(素泊まりしかない)は道路工事の人と釣り客で一杯だったので、山秋さんがすでにお世話になっているご夫婦の家の離れに滞在させていただくことに。新築の立派な一戸建て!
港から家まですでに、猫、猫、猫、
祝島は猫の島でもあるのです。

チビテンを思い出す

にらまれた

夜になる前にいりくんだ狭い路地の集落を散策して、夕食は釜あげ生ひじきをメインに二人で酒盛り。地元の獲れたてを地元でいただくのは最高に美味!
とても寒かったので炬燵がシアワセ感をアップ。
五橋という日本酒が旨し。

入り組んだ路地がたくさん

井戸も

迷う

本物かと思った

夜中から暴風雨で翌日は雨。ヒジキの作業もお休み。午後には雨がやみ、外に出て大好きな「狭い路地」だらけの集落をまた散歩。猫を激写。

魚屋さんがない(必要ない)島なので、山秋さんが頼んでおいてくれたお魚を直接漁師さんから買いました。お野菜なども買うことができるよろず屋さんは数軒あります。お酒を売っているのは一軒のみだけど。

島に取材で来ているうちに自然に覚えたという山秋さんは、海岸でピチピチの鯛とメバルとカワハギの内臓を出刃包丁でバシバシさばき、私はもっぱら魚を海で洗う役目。
山秋さんに後光がさします。尊敬!

こんなにたくさん!鯛とメバルとカワハギ

海岸で魚をさばく山秋さん

よろずやさん

お店のおばあちゃんは奥でテレビを。
叫んでも応答なし 笑

そして今回とても感動したのが、船大工さんの作業場にお邪魔させていただけたこと。2年前に横浜富岡八幡宮の祇園舟神事を偶然見ることができ、その時の舟を作った方。木造和船を作れる人は日本中に殆どいないようです。
https://www.townnews.co.jp/0110/2016/06/23/336971.html

その大工さん、無愛想のようで、実はお茶目で優しい方。ちょうど8月にある神事の木造和船の基礎作りをしているところで、近所の仲間のおじいさんたちも集まって来て、まだ14時なのに出された飲み物は月桂冠。つまみは薪ストーブでじっくり焼いた地元のしいたけ。うれし涙!!!!!
月桂冠飲んでも手元は狂わず、神業のような一連の作業にしばし見惚れていました。

基礎づくり

1ミリもくるいがないようだ

使いこまれた道具

昼間から月桂冠、ありがたい

日本酒にぴったり。味深い椎茸

夕食は炬燵に入りながら、鯛とメバルとカワハギ(肝つき!)のお刺身に鯛のアラの味噌汁。お味噌はお隣の奥さんが代々作っているちょっと米も入っている麦味噌です。釜あげひじきには金柑スライスを混ぜて。島のお野菜もたくさん食べ、大大大満足でした。もちろんお酒もすすみます。

お刺身とヒジキとワカメ。大ご馳走!

この柑橘系がヒジキにあいます!

3日目は快晴! 鉄釜で炊いたヒジキを海辺で干すための作業のお手伝いをさせていただきました。島の女性(殆どが80歳前後のおばあちゃん)が中心。朝早くからワイワイ話しながら作業するのが楽しいと、口も手も忙しく動かしていました。手早い!熟練の技!

3000人だった人口も今では300人ほどに。その55%が高齢者というこの島へ、若者たちが戻って来始め、青年部ができたのは嬉しい話しです。
でも島の小中学校は子どもがいないので廃校となってしまっていました。
悲しい現実です。

この鉄釜でヒジキを炊きます

丁寧にほぐして干します

青年部の若者が力仕事を手伝いに

このお天気が続きますように

今は誰もいない学校

学校から集落を望む

この日はお天気も良いので、平さんの棚田まで散歩に行きました。
色々と仕事も残っている山秋さんなのに、つい先日今までで一番大きな猪が出て捕獲したばかりの場所だから危ない・・と、同行してくれました。

平さんのお爺さんが作り始めた棚田。集落にも多く見られる石を組み合わせて積み上げてゆく独特の石壁。戦中、戦後と生き抜いて来た平さんのお話を、四国にある日本一長い佐田岬を海の向こうに眺めながら伺った貴重な時間。
「ここで海を眺めているのが一番幸せじゃ」という声がまだ耳に残っています。

山道から見える海

春ですね、菜の花

竹林の中を歩く

桜が1本だけ咲いていました

太陽が出て雑草たちも元気

平さんの棚田に到着

三世代にわたって作られた棚田。
今は下の方でお野菜を作っているとのこと。

おにぎり作ってゆきました(豪華 鯛炊き込みご飯なり)

平さんが棚田へいらしている日と重なったのはとてもラッキーでした!

遠くに佐多岬がうっすら見える棚田からの景色

ということで、続きはまた次回に。

明日からちょっと入院してきまーす。

2018/03/12(月)

前のTOPIC:入院前、ラストスパート福岡!次のTOPIC:祝島 その2

TOP